いわて県南の旅・web情報誌 ゆいたび

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高橋克彦さん

黄金郷で築かれた浄土国家

平泉の価値とは「浄土思想を基調とする文化的景観」です。これは、目の前にあるものを見ただけで感じとれるものではなく、見えない過去やその奥底にある思想的な部分に価値と面白さがあるということなのです。

岩手県盛岡市在住の小説家・高橋克彦さんは、「火怨」「天を衝く」など岩手を舞台にした小説を数多く執筆されています。中でも、1993年放送されたNHK大河ドラマの原作「炎立つ」は、平泉の歴史を紐解く道しるべとしても人気の作品です。数えきれないほど平泉を訪れ、県内外へ通い歴史を調べ、1000年前の平泉で繰り広げられた壮大なドラマを描いた、高橋克彦さんだからこそわかる平泉の歴史について伺いました。

炎立つ

■ 誤解されやすい平泉文化

――平泉というと、中尊寺の金色堂だけがクローズアップされている現状があると思うんですが。

 金色堂がメインで紹介されるから、平泉を誤解している人が多いと思うよ。平泉は黄金を背景にした成金文化で、都を真似ただけのものだという見方をする人も結構いるんじゃないかな。でもね、平泉で100年という長い間、栄華を誇り続けたというのは大変なことなんですよ。それも、当時の平泉は日本で2番目か3番目の大都市だから、今でいうと大阪か京都ぐらい。その規模で100年も平安を保ったというのはとんでもないこと。そういう認識をきちんと持って平泉を見てほしい。

――黄金一色の派手な文化だと思われてしまうこともありますね。

 成金文化と誤解されるのは、やっぱり金色堂の存在が大きい。今の私たちの感覚では、すべてを金箔で覆うことは贅沢の極みみたいであまりいい感じを受けないから。しかし、それは私たちが黄金に対してそう思わせられてきた、金本位制による通貨として認識があるから。その概念があるから平泉に対する誤解が起きてしまうんです。

――いまの私たちが持つ概念とは。

 お金は不浄のものという感覚を今の日本人は持ってしまっているから、金色堂に対しても綺麗だという思いと、やりすぎという思いがある。ところが、金色堂が建立された当時の黄金はお金ではないわけですよ。庶民と無縁のたんなる美しい装飾品でしかなかった。だから、単純にお金に換算する概念がないから、とんでもなく美しいものでしかなかった。江戸時代まで、金色堂を見て、誰一人として成金文化と感じた人はいないはず。なんて豪華で宝石のように美しいものなんだろうとか、こんなに美しいものがなんで東北に残されているんだろうかって、そういう風に見たはずです。

■ 世界的にも珍しい宗教国家・平泉

中尊寺金色堂 覆堂
©中尊寺

――京都や奈良と平泉の違いはどこでしょうか。

 平泉は当時の日本でいちばんの宗教都市だったんです。京都、奈良はあれだけたくさんの寺がありながら本当は宗教都市ではない。なぜかというと、いろんな仏教が派生しているから宗派の違う建物が隣立しているだけで、ひとつの仏教色に染まっているとはいえないんですね。権力者が宗教を自分より上において、自分が仕えるということは出来なかった。民の手前、自分がトップでなくてはならなかったという背景がある。だから、あらゆる宗派を認めて見本市のような都市にしてしまったんです。
  平泉の民は蝦夷と呼ばれ蔑まれていたことで、公家政治の外側に追いやられていた現実があった。それが逆に、公家政治と全く異なる政治のシステムを完成させられたんです。10年ぐらいなら武力で統括できるかもしれないが、平泉の藤原氏は100年近くも平和な陸奥を支配していた。陸奥こそ日本で最初の武家政治を行った国なんです。

――宗教都市とはひとつの宗派で統一された国家ということでしょうか。

 そういうことです。清衡は浄土宗だけで平泉を統一しようとした。だからすべての建物が浄土宗なんです。なんでもないように聞こえるかもしれないけど、こういうことを世界でやった例はほとんどない。ひとりの権力者がひとつの宗教を背景に、浄土宗を自分たちの生きる指針にする。自分たちの住んでいる国を極楽に変えようと、浄土宗一色で染めた文化を形成しようとしたんだ。キリスト教でもこういうのはない。極楽の世界を現世に持ってくるなんて、とんでもなく覚悟のいることだから他の国では出来なかった。だからこそ、世界が注目する。そこに平泉の重要性があるんです。
  浄土宗思想とは、身分に関係なく誰もが平等に幸せになれるという考え方。それが清衡に出来たのは、肉親同士で戦い、妻も子も失い、たくさんの死者を出したという“思い”じゃないかな。その思いがそこまでいかせたんだと思うよ。自分も民も心をひとつにして、極楽の世界を現世に持ってこようって。
  千年も前に、敵も味方も関係なくすべての生きる物の平和を願い、浄土都市を作り上げた人が東北に存在したわけだよ。これはすごいこと。この清衡の選択は、いまの我々にとっても日本人としての誇りなんだよ。

■「炎立つ」で伝えたかった思い

――「炎立つ」は藤原清衡から始まらず、かなり時代を遡って書き始められていますが。

 「炎立つ」を書く時、奥州藤原三代から書き始めると、平泉の成金文化というイメージを覆すことが出来ないだろうと考え、安部一族の時代の藤原経清から書き始めたんだよ。経清を主人公にしたのは、公家の血を受け継いでいる人間、都人の視点で、陸奥の民たちの生き方や考え方がいかに素晴らしかったのかということを書きたかったから。
小説を書く時、方言はあえて入れずに書くんだけど、たまに調べたりすると、東北弁には戦用語がほとんどない。それは、自分たちから武器を持つことがなかったからです。政治用語もない。そのことから、いかに東北人が自由に暮らしていたかがわかる。私が「炎立つ」で伝えたかったことは、理不尽なものに立ち向かう蝦夷の思いなんです。

――「炎立つ」に登場する女性、とくに結有の強さが印象的ですが。

 「炎立つ」を書き始める前に、大河のキャストが決まっていた。女優の小手川祐子さんが演じる役柄を考えた時、強い女性のイメージが浮かんだんだね。先にキャストがあったから、女性の視点で見たり考えたりした部分が書けたのかもしれない。これは良かったよ。

――最後に、平泉を歩く上での心構えのようなものがありましたら教えてください。

 う~ん。平泉は難しいんだよねぇ(笑)。まず言えるのは、平泉の凄さは、ある程度勉強してこないとわからないということ。中央に負けたから歴史として残っているのは痕跡しかないが、その痕跡をどうとらえるか、それが大事。ガイドさんとかに教えられる旅ではなく、失われた歴史を自分が確かめに行くんだという思いで旅を展開して欲しいね。

高橋克彦さん

高橋克彦/1947年盛岡市生まれ。1983年「写楽殺人事件」で第29回江戸川乱歩賞受賞。1986年「総門谷」で第7回吉川英治文学新人賞、1992年「緋い記憶」で第106回直木賞受賞。その他にも多数の賞を受賞。1993年放送NHK大河ドラマ「炎立つ」第1部、2部の原作執筆。2001年放送のNHK大河ドラマ「北条時宗」の原作者。