
鎌倉勢に滅ぼされた奥州藤原勢の落人が東山町に住み着き、冬場の副業として作り始めたのが起源と伝えられる『東山和紙(とうざんわし)』。もっとも盛んな時代には、300人以上の漉き人がいたそうですが、現在その技を受け継ぐのはわずか2軒です。そのうちの1軒『紙すき館』の鈴木信彦さんに、和紙の特徴や製作上のこだわりについて聞きました。

『東山和紙』の里・東山町は、中尊寺近くの束稲山より眺めたこの町の風景が、京都の東山に似ていることから名付けられました。その束稲山のふもとには『紙生里(かみあがり)』という名前の部落があり、ここが東山和紙発祥の地と考えられています。
幕末から明治時代にかけては、町内のほとんどの部落で紙漉きが行われていたといわれており、長坂にある『紙すき館』もその一軒でした。需要が多かった頃は製紙工場として年間製造し、販売していましたが、時代とともに消費量は減少。そこで現在は昔のやり方にもどり、冬場に手作業で作っています。
「水を使った仕事だから、『冷たい』というのが一番キツいですね。でも一方で、一番作業しやすいのが冬だから、仕方ないんですよ」と苦笑する鈴木さん。
和紙を漉く時には、原料である植物のコウゾとその繊維を絡ませる植物のネリを混ぜた水の中で、「漉き簀(す)」をしいた「漉き桁(けた)」を何度も振ることによって均一な厚さの和紙を作っていきます。冬はこの液の粘度が安定して漉きやすいことから、この時期のみ作業するというわけです。

紙漉き職人の家に生まれた鈴木さんですが、この道に入ったのは15年前です。それ以前はメーカーに勤めていましたが、「跡継ぎだから」と帰郷。5年間職人に学んだあとは、経験を積むことで技を磨いてきました。
「実は栃木と京都でも、それぞれ1シーズンずつ修業に行ったんですが、漉き方が東山和紙と違うので、ちょっと驚きました」。
和紙の漉き方は、漉き桁を縦にだけ振ったり、縦振りを基本に時々横振りを混ぜたり、というのが一般的なのですが、東山和紙の場合は縦振りと横振りを規則正しく交互に繰り返します。こうすることによって繊維がよく絡み、破けにくく丈夫な和紙となるのです。
「それと北日本のコウゾは気候が厳しいので生育が遅く、その分一本一本の繊維が細かく強靱なので、張りのある和紙ができる。西日本の和紙がふわっとやわらかいのに対し、男性的というか野性的な和紙に仕上がるんです。それが東山和紙の魅力だと思います」。
そのコウゾは、1ヘクタールの畑で自家栽培。また、ネリの原料である植物のトトロアオイも栽培しています。これらの植物は和紙の仕上がりを左右するため、少しでも質が良いものに育つよう、畑に肥料をまいたり下草を刈ったりと栽培に手間をかけています。
それでも、自然の植物であるコウゾもトトロアオイも、その年によって出来が違うことがあります。また2つの配合も、気温などの気象条件を考えながら日によって替えなければいけません。そのため、毎年毎回品質が安定した和紙を作るのはとても大変なこと。そこに注意を傾けながら、さらに鈴木さんは「美しい和紙」を作ることにこだわり続けます。
鈴木さんにとって「美しい和紙」とは、繊維がきれいに絡んで表面に「流れ」がある和紙のこと。それを作るため、漉き方以上に、漉く前の下処理の作業に気を配っています。
ちなみに東山和紙は、原料のコウゾを流水でもどす、煮てやわらかくする、水洗いしながら塵を取り除く、たたいて繊維をほぐす、漉く、圧搾する、乾燥させる、という工程で作られます。鈴木さんによると、煮たり塵を取り除く工程をしっかりやらないと、繊維が絡みついたり塵が混ざったりした、手触りの良くない和紙になってしまうそうです。
このようにひとつ一つの工程を丁寧に作業する鈴木さんが漉いた和紙は、丈夫であたたかみのある紙質と素朴な色合いが特徴。『紙すき館』では、障子紙や便せん、封筒、民芸品などに姿を変えて、並んでいます。
約800年前の「東山和紙」の伝統を受け継ぐ施設。コウゾを原料とした丈夫で素朴な和紙や、それを使った民芸品の買い物が楽しめるほか、所要時間15~30分で手軽に紙漉き体験ができます。また館内には、「東山和紙」の歴史や製造工程を説明したパネルが展示されており、同館も含めわずか2軒のみが受け継ぐという貴重な技について知ることができます。
■所在地/岩手県一関市東山町長坂字町390
■営業時間/9:00~17:00
■定休日/4~11月は無休、12~3月は不定休
■電話/0191-47-2424
■駐車場/有り