
一関市花泉町で古代稲の栽培を始めたのが、平成7年のこと。
今や、花泉町における古代稲の作付面積はおよそ10ヘクタールにもなり
古代米やその加工品の数々は、地元の特産品の一つとして
広く知られるようになりました。そして、その陰には、
古代稲に農業の新たな道を託した佐藤正弘さんの強い想いがあったのです。
佐藤さんが古代米と出合ったのは、花泉町の農業開発センター所長を務めていた平成6年4月のこと。当時の町長から、日輪田(ひわた)を作るように命ぜられたことがきっかけでした。日輪田とは、神に供える穀物をつくる円状の田。苗をまたがずに植えられるため、神聖なものとされているそうです。
「町長は、町内にある花と泉の公園に丸い田を作って観光誘致に結びつけようと思っていたらしいのです。ところが、私は冗談かと思って聞き流していた。6月に町長から『できたか』と聞かれた時は困りましたよ。一年遅れてしまった日輪田づくりに向けて、何か名誉挽回の策はないかと思っていた矢先、古代稲を見つけたんです」と、佐藤さん。農業新聞に載っていた鮮やかな紅色の稲に心を揺さぶられ、栽培農家を訪ねたり、農業研究施設に足を運んだりして、なんとか花泉町に合う種もみを分けてもらったといいます。
「とにかく、あっと驚くものを植えたかった。だから、古代稲と出合った時は水を得た魚のようでしたね(笑)。冬に密かに田んぼをつくり、翌年の田植え時期に3種類の古代稲を植えました」。

それを機に「日本古代稲研究会」に入会した佐藤さんは、積極的に古代稲の栽培に取り組みはじめます。研究会を通じて65品種の種もみを手に入れ、実際に植えて、花泉町の気候に合うかどうかを調べました。その後、減反が進む花泉において、古代稲が転作作物になるよう3年がかりで県に働きかけ、景観形成作物として転作対象に認められると、農家に呼びかけ、徐々に栽培面積を広げていったそうです。さらに、美しい稲穂を活かし、亀や宝船などを形どったわら細工の制作もはじめました。
ところが、古代稲にはさらなる可能性が秘められていたのです。
「一般の白米と比べミネラルや鉄分など、さまざまな栄養成分に優れていることがわかったんです。実際に焚いてみたらびっくり。黒い米が鮮やかな紫になった。これは町おこしに使える、と思いました」と、佐藤さん。すぐに加工を試みたうどんやソバは、古代米の加工品第一号。今も定番人気商品です。

平成10年、古代稲栽培への機運が高まってきた頃に、佐藤さんは53歳で役場を退職。「花泉古代稲生産組合」を設立しますが、そこには、古代稲と永くしっかり関わっていきたいという深い思いがあったようです。そして、平成14年には『農業の六次産業館 古代米おりざ』をオープン。ちょうど健康ブームの時流と重なり、古代米は順調に売り上げを伸ばし、その加工品は今や約40種類にもなりました。
20年ほど前から「米を米粒として売る時代は終わった」という危機感を抱いていた佐藤さんにとって、古代稲との出合いは、飛び跳ねるほど嬉しいものであり、人生を変える存在にもなったのです。
「紅く揺れる稲は見事です。そして、黒米を焚けば、量によって紅くもピンクにもなるから、面白い。中には、種もみを欲しいという人もいるけれど、途中で嫌になって放り出せば野生稲となり、他の稲と混ざって迷惑がかかります。興味本位ではなく覚悟してつくらないといけないのです」。佐藤さんの言葉に力がこもります。もともと野生種である古代稲は、育てる気候に合った品種を選べば比較的丈夫なのだとか。佐藤さん達は、栽培を始めた当初から稲自身の力を大事にし、できるだけ化学肥料や農薬を使わないやり方を続けています。
一般の米と比べ、7月から9月頃まで長期間にわたって稲刈りができるという古代稲。
紅色の穂が風に揺れる光景を目の当りにした時、佐藤さんが「古代稲に一目ぼれ」した理由が、ほんの少し分かるのかもしれません。

古代米やその加工食品、ワラ細工加工品の販売を行うほか、果物、花など農林産物の直売所の役目も担っています。買い物客が気軽に休憩できる飲食フロアもあり、ランチやお茶を楽しむこともできます。また、予約をすれば、稲のワラ細工や押し花、農作業体験などもできるそう。その名前が示すように、生産から加工、販売までを地域でこなす農業の6次産業化をめざす佐藤さんの思いがこめられた施設です。
■所在地/岩手県一関市花泉町涌津境11-3
■営業時間/10:00~19:00
■体験の予約/10日前までに予約
■電話/0191(82)3372